「霧島登山は火山を登ること」2005年に登山を始めた時は、足繁く霧島に通ったものです。

 単なるお山に登っていたのではなくて、火山の山々に登っていたことに気付いたのは登山通算4回目の時でした。ボコボコに空いた火口を持つ韓国岳から高千穂峰までの景色を俯瞰していたら地球の歴史が見えた気がして、涙が止まらなかった記憶があります。

 再び新燃岳の活動が活発になった今、改めて宇宙の神秘を感じます。火山活動は必然であり進化なのだ。「新燃岳が噴火してお山に登れなくて寂しい」という考えは私にはあまりありません。このまま再び登れることがなくても平気です。

 

 以下は2005年10月にブログに書き留めたものです。

 

「この風景を見ながら昼食にしていると、無性に嬉しくなって涙がでました。決して登って来た自分に感激したのではなく、ここに元々あった、20万年前から続く霧島の歴史的自然に触れられたのが嬉しかったのだと思います。

連綿とした時の流れの中で、今私がこの地にいるのは単に偶然なのだが、眼前に広がる景色は火山の絶え間ない活動により創り出された必然なのだ、もちろんこの風景は人様に見せるために存在しているのではなくて、地球を含む宇宙の歴史の果実が目の前にあって、未だに完結されていない形なのだ。故にこの景色に立ち会えたこの一瞬に涙した。

地球を含む宇宙の歴史を垣間見たのだという感覚を持ったことで「私は登山が続けられそうだ」と確信を持った。」

 

この時の登山が自分にとってのベスト登山であり、その後の登山はこの体験を追体験しようとしているに過ぎないのだと10年目の節目で気付きました。山に登ることが目的じゃなくて、自分が何かを感じることが目的なのだから急速に山へ登ることの情熱が失せて、代わりに自己を変革しようとする気持ちに変わりました。それから山つながりでトレランを始め、更にはマラソンへと変わって行ったのです。