272 双石山

針の耳神社が鎮座する「天狗岩」を見ずして双石山が語れるかい?

 天狗岩の向こうにぽっかりと空いた空間「空池」も然りだ。ガイド本を頼りの登山は現地の詳細が判らないので「天狗岩」と「空池」を見ずして帰られることが非常に多いことを私は知っているので、積極的に案内してあげることにしている。せっかく他県から見えられて鬱蒼とした低山の双石山に気を落として帰すことなど、宮崎県人として恥ずかしくてできるはずもない。

そして今日も四国から来られていた10人以上のパーティを頼まれもせず自ら案内したら、一人を除いて痛く感謝された。そのお一人には「そんなもん、私は最初から知っている。あんなものは見る価値がないのだ。」と見せたことに文句を言ってくる。こんな退屈な双石山でこの2つのポイントしか見る所がないのに、それが本当なら最初から苦しませるために九平登山口からワンウェイで双石山に登ったということだ。

最後尾を歩いていたからリーダーだと思われるが、力量を見ようと試しに伺ってみた。「グループの皆さんは小谷登山口にバスが待っているとおっしゃっていますが、このまま行くと塩鶴登山口に出ますけど、大丈夫ですか?」

「あぁ、知っている。登山口はどこでも構わん!」
構わんことないだろう? バスの運転手さん困るんじゃないの?

どこまでも大人物然とした物言いに、他のメンバーが気の毒だと思った。

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