262 斟鉢山

「◯○ちゃ~ん、 ◯○ちゃ~ん」と老婦人が娘を呼ぶ声が遥か下の大岩から何度もしてくる。先を行く娘を案じた母親の声だ。娘は時折その声を気にかけて時折立ち止まるが、老親の姿を遠くに見て網膜に一瞬認識させると、安心して踵(きびす)を返して先に行く。全く危ない動きをする娘だ。親子の距離があまりにも離れていくので、私は自分勝手に心配になり、写真を撮るふりをしながらスピードを落として老親二人を見張った。

斟八神社の手前で「休憩でも取ったら如何ですか?」と声を掛けたが立ち止まりもせずに先を行かれた。「あの娘は兄弟の中で一番足腰が強いんですよ…(だから心配いらないんですよ)」という父親の言葉を残して。

追い越させる時に母を見ると、白髪の隙間から大玉の汗をかきつつ、歯をくいしばって登っていくその姿は昭和をみているようだった。それは食べるもの着るものすべて「子どものために」与えて自分は犠牲になるという、あの昭和の世界だ。

私がこの後単独で斟鉢の頂上まで行って来いをしている間に、親子はこの斟八神社の見晴らしの良い所で小宴を開いていて、その3人の幸せそうな顔を見て自分の取り越し苦労で良かったと思った次第である。

この思いやりはレンジャーならではなのだが、誰も気付かないのが面白い。

トレードマークの「いつでも半袖」は健在です。

単独行。

昨年の12月30日にこのブログで半ば引退宣言をしてから、今まで体験したことがないような身体の回復具合に驚いています。まさかこんなに早く再開できるとはね、ちょっと驚きです。

今年の夏に私の足に付けられた病名(?)は、変形関節症です。両足つま先の第二指の付根関節がすり減って、過ぎたる運動をすると削れた関節部分の成分が炎症を起こすのです。(レントゲンで見ましたが両足とも三味線のバチのようにスパっときれていました。)その痛みが痛風と似ているので私はこの6年間痛風と言われ続けてきましたが、3人目のドクターにはっきり違うと言われました。実際成分検査もして痛風塩はマイナスでした。痛風ではないと言われて喜んではみたのですが、関節炎を治す薬も治療方法もないと言われてショックを受けました。

いわゆる登山をしないことしか痛みの発症を防ぐことができないからです。また両つま先をかばうことでヒザに負担がきて水が溜るらしく、この前の年末もヒザが痛くて眠れない程でした。もちろん2週間歩けませんでした。それが年が明けるとみるみるうちにヒザの痛みが和らぎ、屈伸ができるようになり、本日こうして三たび(?)復活となりました。

復活の理由は色々あると思います。ひとつは先週の姥ケ嶽神社例祭に参列したこと。もうひとつは私のカミさんの友達のYさんが先日私が普通に歩いているのを見て「うそ〜信じられない、この前見た時と全然違う。やっぱり私が『ご主人の足が速く治りますように』と毎日お祈りしたからだわ〜」ということしか思い当たらない。「ウソダロウ、ホントハ『モットイタクナレ』と祈ったのだろうと反省をせまりつつ、感謝を申し上げた。

本当は今度の復活で一番効果があったのは薬に頼らなくなったということかもしれない。ボルタレンなどの強い痛み止めを飲んでも何も効果がなくなったのが引き金で「もうオイラはボルタレンも効かない身体になって鎮痛剤のジャンキーになってしまった」という自覚が芽生えた。

カミサンが言う「水で十分なのよ、クスリはね。」

それで私が一言「足が良くなりますように」と、ぐびりと水を一口飲む。

また一言「性格が良くなりますように」と、またぐびりと飲むと「アハハ・・・面白い」とカミサンが笑う。こんな単純なことで詰まっていた何かが流れ出したのかもしれないな。これで良くなった気がする。

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