登山ってなんだろう その3 ネガティブ祭り

のっけから変なタイトルですが、まぁこんな切り口もたまにはいいですよね。愛を持って毒づきます。山の楽しさを並び立てる記事が多い中で、こうしてネガティブな情報も発信しなければ片手落ちです。

単独か、複数で行くか、それが大問題だ。登山スタイルは個の力量によって変わる。 例えば二人で山に入れば登山・下山の目的を果たすためには、ルートファインディングのための個の労力は半分で良いことになる。人数が増えれば増えるほど個の労力は分散される。中には何も役割を果たそうとしない者もいるだろう。遊びの隊はあくまでも全体でひとつだ。
スポーツとしての登山は分業ではないので「ただただ呆然と歩いている状態」では登山意義が感じられずに苦しさばかりが募る。以上はお互いの力量が対等の時だけの話であって、力量が違うと自ずと役割が違ってくる。人数が増えると力量がある者がリーダーとして最後尾で全体把握しながら、先頭のサブリーダーにペース配分を伝えながら隊として進むこともある。急にリーダーになった者は離脱者を出さないことを絶対目標にするので、自分が楽しむことは放棄せざるを得ない。このリーダーの性質がスポーツ登山に傾斜しているなら、この日の山行は彼にとって地獄の日であることは私が一番知っている。「お願いだ、私を山に誘うな。」と言うものの、既に私は誰からも本気で山に誘われることがなくなった。そう、もう誰も私のことなど相手にしなくなったことが有り難いことだ。20081116

ガスt山から見れば登山者が山をどう捉えようが関係ない。 登山初心者の入口のほとんどは健康増進か、中年のメタボ解消か、稀に遊びの延長で入るものだ。頂上で排尿し、弁当を喰らい、飲みきれないカップラーメンのスープも頂上にぶちまけてしまう人さえいる。自分の庭ではやらないことをするのは気が緩んでいるからだ。お茶で口腔を濯(すす)いで、チラリと遠くの山並をねっ転がりながら一瞥して一人悦に入る。聞こえよがしに、こう呟くのを聞いたことがないかい? 「思いきって来て良かった。ストレスが発散できて、もう最高。また来たい!」 ケンカを売るつもりはないが、「絶対来ない」ってあなたの顔に書いてあったりする。でも意外とナーバスになっているよね。なぜならあなたは「下山中にケガするかも?」と実は不安を抱えながら頂上で少しおびえているからだ。 「山登りはレジャーだよ!」と言い放ちながらも、難儀する箇所に接遇すると大粒の汗を流しながら歯をくいしばっている。山はね、ひとを試すのだ。「いくら遊び気分で来たから今日は特別に許して」と言ってもそれは通用しないさ。山に対する礼儀として体力はつけとく方が良い。

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