7月 13

アナと雪の女王 「Let It Go」 MayJ英語版

圧倒的な歌唱力に惹かれてiTues Storeで  アナと雪の女王 「Let It Go」 MayJ日本語版をダウンロード購入しました。

そして英語版がYoutubeにアップされていたのでアップします。英語版の詩はかなり強めに感じます。日本語はオブラートに包んだようで、文化の違いを感じます。この動画はいつか削除される可能性は高いですけど。

11月 26

次女の子守歌

Europe – The Final Countdown

1986年に生まれた次女はこの曲で育ちました。生後半年で両手両足でリズムをとっていました。

この前、同じ関西に住む長女に「次女はどうしているか?」尋ねてみたら…

「あの娘は相変わらず毎晩飲んだくれているよ!」との返事で、さすがにロック魂を持った娘だと思いました。

11月 24

聴いてください、見てください

Alphaville – Forever Young

ドイツ出身のグループでした。この曲以外にはBig in Japan, Sounds Like a Melody, Dance With Meが有名でした。1980年台に聞いていた曲が気になってYouTubeで検索したら出て参りました。

この時分にはハートブレイクなことが起こって、レンジャー青年はこの曲には随分と慰められました。
たまにこの変な発音なんとかならんか……と思いながら。

それにしてもきれいな年の経り方をしているなと思います。声も変わっていないし。
なんだかFreddie MercuryとGeorge Michaelを足して2で割ったようなお年のとりかたにございます。

しかし実際は容貌がかなり変わっていて、まるで「想い出迷子パート3」だなと思いました。

↓1984年のAlphaville

↓2005年のAlpaville

↓2013年のAlphaville

 

10月 03

Bon Jovi – Bed Of Roses

Bon Joviの存在は私が22歳・1983年の時に福岡で知った。あるコンサートのオープニングで緞帳が開くと同時に巨大なスピーカーの上に彼だけ君臨し、日の丸の国旗を左右にかなり大きく振りながら私たちを鼓舞した。アメリカンスタイルだが、左曲がりの教育を受けていた私の目には国旗を振ることは戦前の軍国主義を連想させてコスモポリタン的なラブを感じなかったか、あるいは日本を汚すなよ、とどちらかを思ったことは内緒にしておくが、今思うと最大級の日本への愛だったとわかる。
その半年後に日本で”Runaway”でブレイクした時にはこんなに私に似たハンサムボーイだったとは・・・・TVで初めて知ったりして…。まぁ異論反論はあるだろうが、元気が良いだけのあまり中身のない楽曲だったので一発屋だと思っていた。(時期に関しては何しろ昔のことなので1年ほどの齟齬があるかもしれいことをお断りしておく。だって毎週山に行って昇り降りしているとワンステップワンステップの振動で相当脳にダメージをきたしているのであまり思い出せなくて大変なのです。)

しかし年を追うごとにするどい楽曲を披露するようになり、私のカラオケのレパートリーにも数曲が入るようになったが、次の名曲の”Bed of Roses”はBottole of Vokka付近がどう発音していいかわからないので今まで100回は練習したが、全く謡えない(だからどんな歌い方?)。
一度大阪のサラリーマンロックンローラーにカラオケで急に歌わせたら、あまりにもうま過ぎて大きく感動したことがあった。彼は普通のサラリーマンだったが、学生時代にバンドを組み数多くの歌を自分のものにしていた。ただ関西人が喋るUSA ENGLISHを聴いてみたいという変な願望もあった。
とにかくすごい声量で”Bed of Roses”を切々と歌い上げたN君、元気ですか? あの時の歌は初めて福岡で聴いた時のBon Joviよりも凄かった。今でもカミさんにあの時のN君は凄かったね?と言うと、今でもうっとりとする程。しかし残念ながら全く関西風に訛ってはいなかった。(なんでやねん!)

N君の1/100でも良いから”Bed of Roses”を歌いたいと願っているけど後1000回は練習しないとね。

9月 25

“Is this Love” by Whitesnake

Davidさんはシャウトも良いけど、バラードにもっと味がある。むか〜し、生で聴いた時「声が魂にやわらかくまとわりついた」記憶があります。

最近、宮崎にもいらしたけど、「あの時の記憶と感動だけでもう十分幸せです。」と思い、行かなかったぐらいだ。

「好きだから会いにいけない…」これも名言だべ、WIDE先輩? 真意は「これ以上好きにさせないで、オ・ネ・ガ・イ」かな?