6月 29

おやおや

安保関連法案関連の発言の風潮を見て、

「戦争」を煽っているのはリベラリズム情緒たっぷりの方々だと気がつきました。

声が大きくて、うんざりです。

人を罵倒するような大声出し合う力があったら、憲法改正の国民投票を推進する論議を始めませんか。自信を持って否決されれば良いではありませんか。国会前のシュプレヒコールってインテリ人の音の暴力だと思うのです。

原発反対、改憲反対の人たちって同じ匂いがする。顔も同じで皆こぎれいだ。

6月 17

四半世紀使い続けているアプリ

Illustrator2015CCこの話は皆さんには『?』な内容ですが気にせず書きましょう。仕事で使うアプリのアドビ・イラストレーター(Adobe_Illustrator)が19.0にバージョンアップされたので更新をしました。50歳も半ばになるとアプリの進化に付いていくのが辛いのですが、常に最新バージョンを使っていたら、覚えることが少なくて済むという自分なりのセオリーです。

自分がIllustratorVersion1.8を使い出したのが、今から25年前ですから、四半世紀もお世話になっているのですね。飽きっぽい自分でもこんなに続くとは凄いことです。

私がAdobe_IllustratorをMacintoshで使い始めた時はMicrosoftのエクセルも使っていましたね。どういうわけかエクセルはMac版しかなかったのです。まぁその頃はWindowsは誕生していなくてMS-DOSの時代でしたから仕方がなかったのでしょう。

5月 29

歴史に挑戦などと偉そうに・・・

Yalta_summit最近、歴史を考えることが多い。僕は歴史はど素人なんで、何もこわいことがない。特に脚を痛めて歩行もままならないので、時間だけはたっぷりある。そこで以下のような妄想をしてみた。

ルーズベルトがのソ連の日本参戦を促した1945年2月のヤルタ協定でスターリンはようやく重い腰を上げた。ソ連の目下の敵のドイツは5月に降伏したので、後顧の憂なく日本と開戦できたわけだ。

当時日本とソ連は相互不可侵条約を結んでおり、終戦1週間前の侵攻には未だに文句をつけるバカな日本人が多い。冷静に考えてみるとソ連にとっては日本の敗戦によってアメリカがソ連との国境地帯付近まで進出してくるのは火を見るよりも明らかだったので、ソ連は仕方なく国境を越えたのだと考えたほうが自然ではないかと思うようになった。
満州、南樺太、北方四島もいずれアメリカのものになるのだったら、日本の敗戦というものは緊張が高まるだけで何のメリットもないと判断して、がむしゃらに南下したことだけかもしれない。

歴史の見方の基本は「時代を超えて変わらない価値観はない」ということらしい。
つまり過去に生きた人達を今の価値観では判断できない。普遍的な歴史の見方というものは存在しない。

ウキペディアによると…「1956年にアイゼンハワー政権は「ヤルタ協定はルーズベルトの個人の文書であり、アメリカの公式文書ではなく、無効である」と。またまた、アメリカ合衆国上院は、1951年のサンフランシスコ講和条約批准を承認する際、決議において「この承認は合衆国としてヤルタ協定に含まれているソ連に有利な規定の承認を意味しない」との宣言を行っている。」…とあった。

地政学は損得勘定の世界なのだね。悪化する米ソの冷戦で先に同意した内容をアメリカは簡単に踏みにじっている。自然な目で見ればルーズベルト大統領はアメリカにとって下衆で、都合の悪い大統領だったということだろうか。

5月 13

池上彰の現代史講義

「池上彰の現代史講義」は2011年にBSJAPANによって作成された。 池上氏といえば、ひな壇芸人相手に噛み砕いた説明にTV的には評価が高かった印象が強いのですが、この講義を見てあまりにも深すぎて、分かりやすくて、大変ためになりました。知っててためになる、知らないでは悲しすぎる歴史の真実の姿だと思いました。池上氏は常々、淡々とその歴史の死者数を述べる。これが衝撃的なのです。池上彰の歴史講座

各講義の冒頭のナレーションを書いておきます。

生か死か、凄まじい闘争の果てに歴史は現代へと続く。大国の激しい対立。昨日までのは盟友がは冷徹に牙を剥いた。自由は奪われた。同士を死に追いやる冷酷な現実。権力闘争の果てに民族は引き裂かれた。人類滅亡の危機。大国の重荷は悲劇をもたらした。そして市民たちは変革を求め、ある時は倒れ、またある時は歴史を変えて自由を手にした。遥かなる世界の果てで今日も戦慄は駆け巡る。人は誰もが平和を求めている。それなのに、どうして人は争い傷つくのか。
その答えを出すために「池上彰の現代史講義」賢者たちよ歴史に学べ。


第1回 チェルノブイリからフクシマへ
第2回 東西冷戦とベルリンの壁崩壊
第3回  ソ連の誕生と崩壊
第4回  中国と台湾の対立
第5回  朝鮮戦争とその後
第6回  中東戦争とその後
第7回  ベトナム戦争と日本
第8回  カンボジアの悲劇
第9回 キューバ危機と核開発競争
第10回 中国 大躍進政策と文化大革命
第11回 中国 天安門広場が血に染まった
第12回 石油が武器になった


 

5月 12

オオキンケイギク

オオキンケイギクとキバナコスモスの違いが分からず、一位樫女史に気の毒がられたこともありますが、最近わかるようになってきました。まず花期が違う。そして葉が全く違う。これに5年もかかりました(苦笑い)。
オオキンケイギクは北米産の「特定外来生物」に指定されて駆除が啓発されていますが、道路脇や河川敷等、毎年生息 範囲を広げています。毒があるわけでなく、繁殖力が旺盛なため、在来種が存続できないことが理由らしい。
しかしながら、美しいものは美しいし、環境に不適合なマイナーな種が滅んでいくのは自明の理なんだけどね。種が滅んで哀しいと思うのは人間が大脳皮質を大きく成長させたためなのかもしれないね。自分が絶命危惧種であることに、いささかも恥じることはないのだけど。

「命は生まれた瞬間から破滅への道を突き進んでいる。種は滅ぶために進化する。」とある教授が言っているけど、名言だね。深いね。

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4月 18

何の因果か

これは偶然か、何の因果か、過去の遺物ゴミがこうして被写体として今に現れた。毎日ように通るジョギングコースなので気づかないはずはないのですが。なんかここに挟まるまでの歴史を知りたいと思う。
誰かが畑に捨てた→畑の持ち主が畑の外に出した→ジョガーが誤って蹴って車道に出した→車がペシャンコにしながら車道脇に追いやった→長年そこにあった→たまたま通ったロードスイーパーの回転するブラシで跳ねられて側溝の蓋のスキマに挟まった。この間ざっと10年かな。何の因果かDSC03618